オルカにゃのたわごと

15年の生活のあれこれと今。

早期胎盤剥離を経験したから言えること。「無事に産める確証は誰にもない」

臨月になりもうすぐ出産のときを迎える、不安と期待の気持ちが混ざったそんな時でした。

突然《出産が命がけである》ということを体験しました。

第一子出産のとき、早期胎盤剥離を経験しました。まだ22歳だった、15年前のことです。

ようやくその時のことを、冷静に捉えることができるようになりました。

『早期胎盤剥離を経験したから言えること。「無事に産める確証は誰にもない」』このタイトルの通りのことを伝えたくて書きます。

内容も重いし長いので、ブログをはじめてから何度か書いては消してと繰り返しました。

何回かにわけて書くかもしれませんし、これで終わりにするかもしれません。

とにかく、わたしにとって必要なプロセスなので書きました。

 

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早期胎盤剥離と検索してでてくる、上位の体験記事は第二子出産での経験のかたでした。

それを読んで思ったのは、初めての出産か。2人目以降か。の違いは大きいということです。

自他共に認めるわたしの性格や気質は、冷静やクールといったもので、慌てたり動揺したりすることが少ないタイプです。

はじめて就職したとき、若い子が入社すると喜んでたのに全然キャパキャピしてないって、上司に言われたのはよくおぼえてます。

そんなわたしですら、冷静に書けるようになるのに15年必要でした。

早期胎盤剥離と検索してでてくる上位の体験記事は、どちらかといえば明るい調子で書かれています。

15年経った今のわたしなら、大変な経験をされていても前向きで明るくて素晴らしいなと素直にそう思えます。

でも15年前のわたしだったら、なんでそんなに明るいの…そうなれないわたしはダメな母親だ。だから子どもを危険な状態にさせてしまった。と思ったでしょう。

第一子出産で早期胎盤剥離。あるいは、出産トラブルがあったら深刻に捉えてしまうし、自分を責めてしまう。

そんな人でも時が解決してくれるよ。大丈夫だよ。ってことを伝えたいです。

生々しい表現もありますので、耐性のない方は読まないほうがいいかもしれません。

早期胎盤剥離とは

正常な場合、赤ちゃんに酸素や栄養を送っている胎盤は、出産が終わったあと役目を果たして剥がれ落ちます。

早期胎盤剥離の場合は、出産が終わってないのに胎盤が剥がれてしまいます。

胎盤は、赤ちゃんとっての生命線です。

酸素が途絶えてしまうと、死んでしまいます。死をまのがれても脳性麻痺などもありえます。

母体にも悪影響があります。

詳しくはこちらをご覧ください。

常位胎盤早期剥離について | メディカルノート

わたしは夜中に突然、大量出血しました。シーツが血に染まりました。

トイレに駆け込んで処置しながらも、あふれ出てきました。生理の比じゃないです。

隣で寝ていた旦那さんも飛び起きて、心配するなかこれはただごとじゃないと、恐ろしくなりました。

産気づいてもいないのに、胎盤の剥離が始まっていたようです。

前置き

 

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今でこそ気になったことはなんでも、片手で検索できますが、15年前はそうでもなかったハズです。

妊娠したら買う雑誌「たまごクラブ」など読んで、出産にまつわる情報を集めていました。

わたしは出産に対してとても前向きで、好奇心が先立っていました。

立会い出産を希望していたので、夫婦で講習会に参加したとき、ほかの妊婦さんは一様に不安や痛みについて話していました。

そんな中、わたしだけ出産が楽しみだと興奮して話したことを思い出します。

そういう訳で、わたしには出産のマイナス情報は頭に入ってませんでした。

早期胎盤剥離って言葉も知りませんでした。

数年後ママ友にこのことを話したら、その当時の雑誌にも書いてあったよ。と教えられました。

前向きすぎて、心配しないのもダメだと、あとで痛いほどの経験をするとは思ってもみませんでした。

前兆?

わたしは真夜中に突然、大量出血しました。

その日は朝から体調がよくありませんでした。夕方には少し熱っぽくなってました。

その前日に検診してもらい、とくに異常はなく何も言われませんでした。

季節の変わり目だったこともあり、風邪ひいたのかなと考えてゆっくり過ごしていました。

週末だったので旦那さんもいたし、胎動もあったし、何かあってもひとりじゃないと不安にはなりませんでした。

振り返ってみれば、熱があった時点で産婦人科に連絡するべきだといえます。

前向きすぎて、不安がったり心配しないのもダメですね。

もしかしたら胎動は鈍くなっていたかもしれませんが、初めての妊娠なのでわかりませんでした。

2人目を妊娠したときに、胎動も個人差があると知りました。

あれだけ動く子が動かなくなったら、さすがにわかるよね。ってくらい2人目はお腹のなかでも活発でした。

それに比べてひとり目はもともと、激しく動く方ではありませんでした。

そのちがいは、生まれてから現在進行形で性格のちがいとして現れています。

大量出血

具体的かつ生々しい表現になります。

熱っぽかったので、早めにお風呂に入って横になって寝ていました。

旦那さんも隣で寝ていたので、夜中12時すぎていました。わたしも寝ていました。

小さい頃にオネショしたことがある人は分かると思いますが、ジワーッと急になまあたたかくなり飛び起きました。

オネショなんて子ども以来のことで恥ずかしい!なんで…?と思って布団をめくると…血だらけ…。

そして第二波をもよおしトイレへ駆け込みました。

突然飛び起きてトイレに行かれたら、隣で寝ていたら気づきますね。

めくれた布団は血だらけ…奥さんトイレ…えぇ!!産気づいたの?と起きだしてオロオロしだします。

トイレのドア越しに、破水したの?とか産まれたの?とか大丈夫とかいろいろ話しかけてくれました。

病院に連絡してくれて、すぐに来てくださいとの指示だったのでタクシーを呼んでくれました。

タクシーが来るまでのあいだに、ようやく不安が押し寄せてきました。(←おそいわ!)

病院へ

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真夜中なので道は空いてるし車はいない、信号にも引っかからない、それはまるで救急車のような速さで病院に着きました。

タクシーの運転手さんは奥さんの出産のときの話をして励ましてくれましたが、わたしはその時はもう不安で表情筋固まっていました。

移動中も出血する感覚がわかるので、どんどん怖くなりました。

生理用ナプキンではおさまらなさそうなので、産褥用のものをあてがいました。

万が一汚さないようにと旦那さんが、タクシーの座席に自宅の座布団とタオルをひいてくれました。

病院へ着くと、看護師さんたちが車椅子と一緒に待ちかまえていました。

テレビドラマで観たことがあるような光景です。通常の出産はこういう迎えられ方はしません。

エレベーターに乗って移動してるとき、看護師さんに救急車呼んでよかったのにって言われました。

そんな緊急事態だったなんて思ってもいなかったわたしは、さらに不安と未知の恐怖に襲われました。

診察

すぐに診察してもらい、早期胎盤剥離であることが伝えられました。

はじめて聞く言葉だったので、お医者さんが丁寧に説明してくれました。

幸いにも通っていた病院は、総合病院でした。

ほかの先生が集まり次第、緊急帝王切開手術をします。と言われました。

総合病院だからなのか、学校があるからなのか覚えてませんが、研修医の先生や助産師さんの学びのためサンプルになりました。

もちろん、承諾したからなんですけどね。

これで将来、この症例をみて早期胎盤剥離だって気づいて処置が早まるならいいってもんです。

まあ、このときはそんなこと考えてませんでしたけどね。

眠さなのか、大量出血の影響なのか思考が回らず、診察台で股を開いたままどうにでもなれ状態でした。

 

小さい産婦人科などの場合は、大きな病院へ行って帝王切開手術をします。

そこまで行く間にも早期胎盤剥離の状態は悪化していきますから、母子共に死んでしまうこともあります。

実際わたしはこの出産の数年後に、早期胎盤剥離で搬送中に亡くなられた方のニュースを見ています。

総合病院の産婦人科は混むし、住んでる場所から離れていて通うのは大変でしたが、祖母の言いつけ通りにしておいてよかったです。

 

 

とりあえず今回はここまで。

内容が重いので、疲れますね。

 

 

お読みいただきありがとうございます。

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